京都、八坂通の京料理、割烹 祇園 さゝ木

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いまの京料理と
京料理のこれから。

佐々木浩×本道敏行(南禅寺「八千代」総料理長)

観光客が行き交う南禅寺の参道で、久しぶりに顔を合わせた料理人同士。ふたりは、仲のよい先輩後輩に見えますが、かつては師弟の間柄でもありました。本道さんは、修業に入った佐々木少年を鍛えた料理人のひとりなのです。40年が経つ現在、本道さんは老舗料亭旅館の総料理長として、佐々木は自ら腕を振るう店主として、奇しくもそれぞれのキャリアを京料理に捧げる身。話せば、お互いの歩んできたときは瞬時に分かち合われ、さらにこの先へと思いを巡らせます。

変わりつつあること

佐々木:本道さんは私よりひとまわり上のお年でしたよね。料理人歴55年という大先輩の、変わりなくお元気な様子にはこちらも励まされます。

本道:あなたの父上とは同じ料理人仲間としてお付き合いさせてもらっていたこともあり、幼い佐々木くんが料理人になるのを夢見ていた頃から知っています。修業の後も、一人前になり、そして一流の料理人になっていく姿をずっと見届けているし、親子二代に亘る長いお付き合いですよ。

佐々木:ところで、平日にもかかわらず、南禅寺に近いここらはすごい人出ですね。この数年、京都を訪れる人が急激に増えているのがまさに実感できます。「八千代」さんは旅館もされていますから、毎日忙しいのと違いますか。

本道:稼働率が上がるのはいいんです。けれど、海外から訪れる人の割合が以前にも増して高くなり、その対応がいろんなところへ少なからず影響を及ぼしています。レストランや宴会も合わせると、全体で常時100席以上の食事を用意しなければならず、料理も条件に合わせて変えていかざるをえないのが現状です。

佐々木:うちは席数も限られていますし、お客さんのほとんどが直に予約を入れて来ていただいていますので、今のところ観光客の急増による影響はあまりない。しかし、変化といえばお客さんに感じることがあります。例えば、国内外のいろんなところで美味しいものを食べたり、いろんな味を経験した人が多くなっていること。それと、情報ですね。こちらがどういう料理を作るか、どういうふうに供するかという詳細まで、今や知ろうと思えば情報はすぐに得られる。ですから、食べ方も変わってきているように思うのです。

本道:佐々木くんの料理で、食事のひととき、ただ単に季節の味覚を楽しめればよいという感じではなさそうですからね。独創的な料理を前にして、お客さんはどこか分析的に味わっているみたいに思うときがありますよ。季節もんにしても、よほどスペシャルなものを出さないと驚いてもらえないかもしれない。

佐々木:こちらとしましては、お客さんの経験値や情報量より以上の料理を提案し、さらに楽しんでもらおうと努めなければならいのに変わりはありません。実際、大変なんですけどね。

本道:僕は「八千代」で15年になりますが、長く会席料理をやっていまして、日本料理の伝統的といわれる基本を重んじる方向で料理してきた訳です。京都の水と利尻昆布でだしを引くことから始め、季節感を味わっていただくために旬の食材ごとに合った調理をして、という塩梅です。もちろん、肉料理を入れたり、お客さんの嗜好の変化に応じられるアレンジも加えています。そうした、うちの京料理を楽しみに来ていただくお客さんも数多くいらっしゃいます。

佐々木:湯豆腐、すっぽん鍋、鱧しゃぶなど、よく知られた名物料理もありますし、料理のレパートリーはかなり広いですよね。

本道:何しろ席数が多いですから。お客さんが「八千代」に何を求めて来られるか、その要望に応えようとすれば、用意する料理も多様になっていきます。近年は、海外からのお客さん対象に、精進料理みたいなベジタリアン向けコースを設けたり、旅館では洋風の朝食を用意するまでになりました。一方、定番の京料理を味わいに来られるお客さんにも、満足していただけるよう応えねばなりません。それで、時々思うのです。例えば、バターやチーズを使い肉団子をケチャップ煮にしていて、これもアレンジといえるのだろうかと。多様に広げるのはいいとして、本来あるべき料理と新しく挑む料理とのバランスの取り方に気をつけなくてはいけない。

佐々木:それで、思い出したことがあります。私らは日本料理しかわかりませんけれど、修業の厳しさは今も昔も同じ。親方や先輩から厳しく躾けられながら必要な物事を覚えていく。基本がしっかり身についてさえいれば、いろいろ手を加えて変えることもできると教えられました。伝統的であるのと基本のかたちはつながっているのですが、でも、そのことに拘泥されると何もできないではないか。私がそう思うようになったきっかけがあるのです。独立する前に、勉強しようと湯木貞一さんの本を読んでいたんですね。『吉兆味はなし』や『吉兆料理花伝』の著書からは、湯木さんの料理に対する考え方や器使いなど、学ぶべきことが多くありました。なかでも、アレンジがいかに必要か気づかされたのです。器はひとつと限らない、複数個使っていい。季節感を表すのに紅葉を散らすだけでもいい。食材にしても、和洋のいろんなものを使うのに挑戦して構わない。何より、アレンジすることこそ大事なのだと考えるようになったのです。

本道:帰するのは、料理人のセンスですよね。才能、才覚、腕、いろいろありますが、アレンジにはセンスがものをいう。こういう考えでつくってみましたと、お出しするとき、日本料理に馴染みのあるお客さんなら、好き嫌いも含めセンスの良し悪しまで判断していただけるでしょう。ところが、そもそも日本料理は始めてというお客さんには通じようがない。海外からのお客さんに会席料理だと料理によって口に合わないのか、残されるのを見て、まず日本料理とはどういう料理なのかを知ってもらう必要があるなと思いましたよ。

佐々木:民族の文化的な違いがありますからね。生魚を食べない人に、刺身醤油を泡状にしたりゼラチンにして刺身の味わいを深めましたといっても、苦労の甲斐がない。そこで、どうするか、なんです。万国共通の美味しさを求めて、日本料理をグローバルな料理にするか。固有の文化を大切にして、これが日本料理というのを貫き通すか。翻って、同じことが京料理にも当てはめられると思うのです。料理人によって考えは様々あるでしょうが、いま考え時であるのは確かだと思っています。

■これからについて

佐々木:そこへいくと、中国料理は強いなと、つくづく思いますよ。世界のどこででも受け入れられているし、中国料理らしい味というのが変えられずにあるじゃないですか。火入れは、美味しいものをつくる方法として世界共通だから、火入れでできる料理がわかりやすいのかもしれません。日本料理を広げるためには、そういうわかりやすいという視点をもつことも必要かなと思います。

本道:日本料理の特徴に、素材の持ち味を生かすことが挙げられます。言葉にするとシンプルに聞こえますが、素材の特質とか、それを生かすための調理方法とか、料理が成り立つための要素が多岐にわたって、じつはものすごく繊細でわかりにくい。そういうところに日本料理の独自性があると思うのです。だから、僕はよけいに季節のものとか、旬の味というのを大切にしたいのですよ。もちろん、そういうものだというのを伝えることも大事です。

佐々木:素材といえば、最近、原材料費が高騰していませんか。一気に上がったように思われます。それにともない、高級料理はさらに高額になり、バブルみたいになっている。他方、逆にリーズナブルというだけで注目される料理もある。このままいけば、二極化がどんどん進みそうで、気になります。

本道:値段しか見られなくなるのは嫌ですね。そもそも僕らは、儲ける手段として料理に携わっている訳ではない。美味しいと喜んでもらえるものをつくって提供しているのですね。少しでも美味しくしようと努力するのは、食べる人たちに喜んでもらいたいからです。そこは曲げたくない。これからは、美味しいだけでなく、安全とか、安心できるとかいったことにも気を配らないといけないと思っています。

佐々木:素材の話になれば、生産者さんとの関係にもかかわってきます。料理人は素材だけを見ていればいいことにならない。今の日本では生産者さんの後継者をどう育てるかが課題になっていますが、そういう問題にも関心を寄せて、料理人としてできることをしていかねばならないでしょう。

本道:将来のことを考えるとネガティブになりがちですが、まったくそんなことはない。これまで勘や経験に頼ってきたことも、科学的な裏打ちがあって調理方法が標準化されたり、調理機器の性能も良くなったり、働く環境は変化していくなかで、料理人の可能性はむしろ広がっていると思います。

佐々木:そうですよね。京都には日本の料理が発展してきた歴史そのものがあって、その伝統の上に様式もスタイルも、供される料理そのものも、多様なまま今の日本料理が現れている。それが京料理と呼ばれる魅力なのだろうと感じています。本日は、久しぶりに料理人同士の話ができてよかったです。本道先輩のますますのご活躍を祈念して、対談を終わらせていただきます。ありがとうございました。



取材日:2018年4月29日
南禅寺「八千代」にて